本記事では、『慢性骨髄性白血病(Chronic Myelogenous Leukemia: CML)』について、一般の方にも理解しやすいように解説します。
血液のがんというと漠然とした不安を抱く方が多いですが、慢性骨髄性白血病は他の白血病と比べて治療の進歩がめざましい病気のひとつです。
特に分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬:TKI)の登場によって、長期的に病気をコントロールできる時代になっています。
本記事は、CMLと診断された方やそのご家族、あるいは検査で白血球の異常を指摘されて不安に思っている方に向けたものです。
病気の基本知識から治療法、サポート体制まで詳しく解説し、正しい知識と情報を得るきっかけにしていただければ幸いです。
慢性骨髄性白血病(CML)とは
慢性骨髄性白血病は、白血病の中でも『骨髄性』に分類されるタイプです。
白血病は、血液をつくる細胞が何らかの異常によってがん化し、増殖してしまう病気の総称です。
その中で、骨髄性とは造血の主役である骨髄系統の細胞が異常増殖するものを指します。『慢性』という言葉が示す通り、症状の進行は比較的ゆるやかで、場合によっては無症状のまま健康診断などで偶然発見されることもあります。
慢性骨髄性白血病の基礎知識
白血病の分類と特徴
白血病は大きく分けて、『骨髄性』と『リンパ性』に分類できます。また、病気の進み方が急激な『急性』と、比較的ゆるやかな『慢性』に分かれるため、以下の4つのタイプに大別されます。
- ・急性骨髄性白血病(AML)
- ・急性リンパ性白血病(ALL)
- ・慢性骨髄性白血病(CML)
- ・慢性リンパ性白血病(CLL)
このうち、CMLは骨髄性の細胞がゆっくりと増殖していくという特徴があります。
CMLの発症メカニズムと遺伝子異常
慢性骨髄性白血病の患者さんの多くには、『フィラデルフィア染色体(Ph染色体)』と呼ばれる染色体異常がみられます。
これは染色体の一部が別の染色体と入れ替わることによって生じ、結果的に『BCR-ABL』という融合遺伝子が形成されます。
BCR-ABL遺伝子は『チロシンキナーゼ』という酵素を異常に活性化し、細胞に過剰な増殖シグナルを与えてしまうのです。
慢性骨髄性白血病の流行状況や統計
日本では、年間で人口10万人あたり1人前後の発症率といわれ、急性白血病と比較すると患者数はやや少ない傾向があります。
ただし、無症状で見つかる例も多く、近年は健康診断の普及や医療の発達によって早期発見されるケースが増えています。
また、男女比では若干男性のほうが多いと報告されていますが、大差はありません。発症年齢は幅広く、若い世代から高齢の方まで確認されています。
慢性骨髄性白血病の症状と進行
代表的な症状・初期症状
慢性骨髄性白血病は『慢性期』では症状がほとんどなく、健康診断や別の病気の検査で偶然発見されることが多いです。
もし症状が出る場合は、以下のようなものが挙げられます。
- ☑倦怠感・疲労感
- ☑貧血(息切れや動悸)
- ☑発熱や感染症へのかかりやすさ
- ☑脾臓の腫大(左上腹部の膨満感)
脾臓が腫れると、食欲不振や腹部の違和感を覚えることがあります。
貧血による疲れやすさなどは一般的な不調として見逃されやすいので、注意が必要です。
病期(フェーズ)の分類
CMLは、その病態に応じて大きく『慢性期』『移行期(加速期)』『急性期(急性転化期)』の3つに分けられます。以下に簡単な表を示します。
病期 | 主な特徴 |
---|---|
慢性期 | 症状がほぼない 白血球や血小板の増加が顕著 治療薬に対して効果が得られやすい |
移行期(加速期) | 血球異常が進行しはじめる 貧血や血小板減少が顕著になることも 治療に対する抵抗性が少しずつ増す |
急性期(急性転化期) | 白血球の幼弱な形態が増加 急性白血病のような症状 治療抵抗性が高まり、予後が悪化しやすい |
慢性期の段階で治療を開始し、病気のコントロールを継続することが、長期生存と生活の質(QOL)の維持においてとても重要です。
症状進行のサインに注意すべきポイント
移行期から急性期へと進むと、白血球数が急激に増加し、骨髄や血液中に未熟な細胞(芽球)が急増します。また、発熱や重篤な感染症、貧血による倦怠感などが顕著にあらわれるため、早めの治療調整が必要です。定期検査で芽球の増加や血小板数の異常が見られた場合は、治療法を見直すサインといえます。
慢性骨髄性白血病の診断方法
血液検査(血球数・血液像)
CMLを疑う第一歩として、血液検査が行われます。白血球数(WBC)の増加や血小板数の異常などが分かり、血液像を調べることで、骨髄系統の細胞が増えているかを確認します。慢性期の場合、白血球数が何万、何十万というレベルまで増えていても、症状が軽いことがあります。
また、白血球分画で好塩基球の増加が診断の助けになることもあります。
骨髄検査(骨髄穿刺)
血液検査で白血病が疑われた場合は、骨髄検査(骨髄穿刺)でより詳しい情報を得ます。
骨盤(後腸骨稜)などから注射針で骨髄液を採取し、白血病細胞の有無や割合、形態を顕微鏡で調べることで、病期やタイプを明らかにします。
遺伝子検査(BCR-ABL融合遺伝子の検出)
CMLの最も特徴的な遺伝子異常であるMajorBCR-ABL融合遺伝子を確認するための検査です。
フィラデルフィア染色体の有無を染色体検査(細胞遺伝学的検査)で調べたり、PCR法によってMajorBCR-ABL遺伝子の定量を行うことで、白血病細胞がどの程度存在しているか把握します。
画像検査やその他の検査の役割
超音波検査やCTスキャンで脾臓の腫大やリンパ節の状態を確認することもあります。
全身の状態を評価することで、合併症や他の疾患の有無をチェックし、最適な治療方針の検討に役立ちます。
診断基準と分類の方法
診断では、骨髄中の芽球の割合やBCR-ABLの遺伝子量、血球数の状態などを総合的に評価します。また、欧米の学会などで提唱されている基準(WHO分類など)に基づき、『慢性期』『移行期』『急性期』といったフェーズが判定されます。
慢性骨髄性白血病の治療法
分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬:TKI)
CML治療における革命的な進歩として、『チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)』の登場が挙げられます。
BCR-ABL融合遺伝子が産生するチロシンキナーゼの活性を抑えることで、がん細胞だけを狙い撃ちできるのが特徴です。
代表的なTKIには以下のようなものがあります。
薬剤名 | 特徴 | 主な副作用 |
---|---|---|
イマチニブ | ・TKIの先駆け ・長期データ豊富 | ・むくみ、筋肉痛、消化器症状 |
ニロチニブ | ・第2世代TKI ・イマチニブ抵抗性のCMLにも有効 | ・血糖値上昇、血栓症 |
ダサチニブ | ・第2世代TKI ・幅広い変異に対応 | ・胸水貯留、小板減少 |
ボスチニブ | ・第2世代TKI ・イマチニブ耐性例への使用 | ・下痢、肝機能障害 |
ポナチニブ | ・第3世代TKI ・T315I変異をはじめた対応可能 | ・血栓・塞栓症、高血圧 |
化学療法やインターフェロン療法
TKIが普及する以前は、インターフェロンアルファや化学療法(ハイドロキシウレアなど)が主に使われていました。
現在では、TKIが第一選択となるため、化学療法やインターフェロン単独での治療は限定的です。
ただし、妊娠中などTKIが使いにくいケースや、特殊な状況下で補助的に使用されることもあります。
造血幹細胞移植(骨髄移植)
TKIが奏効しにくい場合や、若い患者さんでドナーが見つかる場合には、造血幹細胞移植が検討されることがあります。
移植は根治が期待できる一方で、移植後の拒絶反応や合併症(GVHD)などのリスクが大きい治療法です。
移植適応を判断するには、患者さんの年齢、全身状態、ドナー状況などを総合的に考慮する必要があります。
治療効果のモニタリング
CML治療では、『分子生物学的寛解(MR)』という治療効果の指標が重要です。
これは、BCR-ABL遺伝子の量をPCR検査で測定し、一定以下の値になることを指します。
段階的にMR4やMR4.5、MR5といった指標を用いて経過を評価し、深い寛解状態が続くほど長期的な予後が良いと考えられています。
治療経過とフォローアップ
定期的な血液検査と遺伝子検査
TKI治療中は、定期的に血液検査で白血球数や血小板数を確認するとともに、MajorBCR-ABLの定量検査を行って分子レベルでの病勢コントロールをチェックします。
治療開始直後は頻繁に検査が必要ですが、状態が安定すれば数カ月おきの受診が目安となります。
TKI療法の休薬について
近年、一部の患者さんでは深部分子寛解(DMR)と呼ばれる極めて低いレベルまでBCR-ABLが抑制された場合、TKIを休薬しても病気が再燃しないことが報告されています。
ただし、休薬後に再燃する例もあるため、休薬するかどうかは慎重に検討されます。
休薬する場合は、こまめな血液検査と遺伝子検査で再燃リスクをモニタリングし、必要に応じて治療を再開します。
生活習慣や自己管理のポイント
CMLの方は、免疫力が低下するリスクが他の白血病より低めとはいえ、感染症の予防には注意が必要です。
手洗いやうがいの徹底、季節性インフルエンザワクチンの接種など基本的な対策を怠らないようにしましょう。
また、疲れをためない規則正しい生活やバランスの良い食事、適度な運動なども大切です。
もし副作用で体調がすぐれない場合は無理をせず、主治医や看護師に相談してください。
慢性骨髄性白血病の予後とQOL
予後を左右する因子
CMLの予後を評価する指標として、『Sokalスコア』や『EUTOSスコア』などが用いられます。
年齢や血小板数、脾臓の腫大の程度などの因子を数値化し、リスク分類を行います。
リスクが低いほどTKIの効果が出やすく、長期的に安定した経過が見込まれます。
TKI登場後の生存率の向上
TKIが導入される以前は、CMLの予後はそれほど良くありませんでした。
しかし、イマチニブをはじめとするTKIが使われるようになってからは5年、10年と長期にわたる生存率が飛躍的に向上しています。
現在では、慢性期で早期発見・早期治療を開始すれば、通常の寿命に近い形で生活できる可能性も高まっています。
副作用や合併症との付き合い方
TKIにはむくみや消化器症状、血液検査上の異常などさまざまな副作用が知られていますが、多くの場合は軽度で、日常生活に大きな支障をきたすものではありません。
ただし、胸水貯留や血栓症など重篤な副作用が起きることもあるため、異常を感じたら早めに医療機関を受診し、適切な対策をとることが大切です。
日常生活の工夫と社会復帰
CMLは治療しながら社会生活を送ることが十分可能な病気です。
医師の指示に従い、定期受診を行いながら、自分のペースで仕事や家事を続けている患者さんも多くいます。職場への情報共有が必要な場合は、医療ソーシャルワーカーや産業医と相談することでスムーズにサポートを得られる場合があります。
まとめ
慢性骨髄性白血病は、フィラデルフィア染色体に由来するBCR-ABL融合遺伝子の異常なシグナルにより骨髄系細胞が増殖する病気です。
慢性期では症状が少なく、定期検査で偶然見つかることが多いですが、移行期や急性期に進むと病状が重くなる可能性があります。
早期発見・早期治療の重要性
CMLは慢性期のうちに発見・治療すれば、症状を抑えて長期間生活できる可能性が高い病気です。
早期発見のためにも、健康診断や血液検査の結果に異常があったら放置せず、専門医の受診を検討してください。
よくある質問(FAQ)
Q.病気発覚から治療開始までに気をつけることは?
慢性骨髄性白血病は慢性期が長く続くことが多いため、あわてる必要はありません。
ただし、放置すればいずれ急性期へ移行するリスクがあるので、主治医の方針に従って早めに治療を始めることが望ましいです。自己判断で治療を遅らせるのは避けましょう。
Q.TKIの副作用はどんなもの?対策は?
主な副作用には、『消化器症状(下痢や吐き気)』『むくみ』『疲労感』『血液検査異常(貧血や血小板減少)』などがあります。
症状が軽い場合は薬の内服を続けながら対策をとることが一般的ですが、耐えがたい症状の場合は減量や薬剤変更を検討します。
定期的に副作用の程度をチェックし、必要に応じて主治医に相談しましょう。
Q.妊娠・出産への影響は?
CMLの患者さんが妊娠・出産を希望する場合、TKIの内服が胎児に影響を与えるリスクなどを慎重に検討する必要があります。
状況によってはTKIを一時的に休薬したり、別の治療法を選択する場合もあるため、産科医や血液内科医と連携して適切な対策をとることが重要です。
Q.食事やサプリメントで気をつけるべきことは?
基本的には『栄養バランスのとれた食事』が大切で、特定の食材を過剰に摂取しても直接的な治療効果は期待できません。
ただし、免疫が低下している場合は生ものや食中毒のリスクに注意する必要があります。
また、サプリメントや健康食品の中には薬剤との相互作用を起こすものもあるため、主治医や薬剤師に相談してから使用を検討しましょう。
参考文献・論文リスト
・日本血液学会『慢性骨髄性白血病(CML)診療ガイドライン』
URL: https://www.jsh.or.jp/
・National Cancer Institute: Chronic Myelogenous Leukemia (CML) Treatment (PDQ)
URL: https://www.cancer.gov/types/leukemia/hp/cml-treatment-pdq
・NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology: Chronic Myelogenous Leukemia
URL: https://www.nccn.org/guidelines/category_1
・Hochhaus A, et al. “Chronic myelogenous leukemia: ESMO Clinical Practice Guidelines for diagnosis, treatment and follow-up.” Ann Oncol. 2017 Sep 1;28(suppl_4):iv41-iv51.
・Cortes J, et al. “New modalities of treatment in chronic myelogenous leukemia.” Hematology Am Soc Hematol Educ Program. 2018 Nov 30;2018(1):43-50.